水紀行ラインナップ
©BS日テレ©BS日テレ甦ったドイツの古都 ベルリン ドレスデン

2013年10月16日 放送

ドイツ北東部。
首都ベルリンは、大都市と川や森など豊かな自然が共存しています。
この川辺に街が誕生したのは12世紀ごろ。

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かつてベルリンは、他の街にない歴史を体験しました。
1961年8月に突如、東西に分断されたのです。

当時東西ベルリンの境界としても使われたシュプレー川のほとりには、ベルリンの壁の一部が今も残されています。
壁にはおよそ1キロに渡って国内外のアーティスト118人による、自由などをテーマにした絵が描かれています。
イーストサイドギャラリーと呼ばれるこの壁は今ではドイツ再統一の記念碑となっています。

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かつてベルリン市民を東西に分断していたシュプレー川は今、観光クルーズ船が行き交っています。
出港して間もなく東西の国境の駅だったことで知られるフリードリヒ通り駅やベルリンの中枢が見えて来ます。
クルーズの一番の見所は、1999年に世界遺産に指定された博物館島です。
島には19世紀に建てられた、5つの博物館があります。
当時の王がこの島を芸術と歴史の地区と定めたのです。

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ベルリンがある土地はその昔、氷河で削られた渓谷だったことから地下に大量の水を含んでいます。
そうした地下水はミネラルが豊富で、質の高い水道水として市内に供給されています。
ベルリン市の南東部に位置する、ケーペニック。
広場の中央に、この上質の地下水を利用している有名ビールメーカーがあります。
市内で人気トップ10にも選ばれているシュロッス醸造所です。

醸造所の広さは、試飲のためのバー・スペースと合わせてもわずか56㎡ほど。
ドイツで最も小さな醸造所としても知られています。
ドイツの麦芽や酵母からベルリンの地下水に合う物を厳選して使い、個性的なビール造りをしています。

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ベルリンから南へおよそ150キロ。
ドイツ東部を流れ、北海に注ぐエルベ川の両岸に広がる街、マイセン。
ヨーロッパの陶磁器の頂点と言われるマイセン焼きの街として知られています。

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当初青色しかできなかったマイセンの磁器は次第に着色法が確立されていき現代では1万色以上の彩色ができるようになりました。

当初は白磁の母国である中国の影響を強く受けていたマイセン焼きでしたが、ヨーロッパにその名が知られるにつれ曲線を多用したロココ調の作品が多く作られています。

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マイセンから30キロ上流へ。
古くからエルベ川の水運で栄えたドレスデンの街があります。
中世以降はザクセン公国の首都として、マイセン焼きの交易などで全盛期を迎えました。
17世紀末のバロック建築が連なる街並みは、その美しさから「北のフィレンツェ」「エルベ川の真珠」と呼ばれています。

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ドレスデンが、かつて大きな受難の時を過ごしたことを伝える建物があります。
18世紀に建てられたフラウエン教会です。
その外壁は、ところどころに色の違うレンガが使われています。
第二次大戦中の1945年2月、ドレスデンは連合軍の激しい爆撃で、多くの建造物が破壊されたのです。

教会の再建が始まったのは1994年。
バラバラになった石材を繋ぎ直す作業は、「世界最大のパズル」と言われました。

教会の再建がすべて終わったのは2005年。
市民が中心となって、世界中に寄付を呼びかけ資金を調達。
芸術の街の教会は蘇りました。

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ドレスデンを代表する観光名所がもう一つあります。
プフンズ牛乳店です。
創業は1880年。
1998年に「世界一美しい乳製品屋」として、ギネスブックに登録されました。

店全体を覆うタイルは、ヴィレロイ&ボッホ社製。
初代の店主が世界で唯一の特別な店にする為に、地元の芸術家の卵たちに依頼してデザインしたそうです。

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河に寄り添って佇むドイツの街街は今、かつての華麗な姿を甦らせ、再び私たちに微笑みかけています。

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