



2012年8月1日 放送
「世界水紀行」今回はハワイ第二弾。黒谷友香さんが延々と受け継がれた生命の島ハワイ島を訪ねます。
ハワイの玄関口オアフ島から飛行機で一時間。黒谷さんはハワイ島に向かいました。
飛行機が到着するのは、ハワイ島の東にある島最大の都市・ヒロです。
キラウエア火山です。ハワイ語で、「噴き出す」という意味を持つ、キラウエア。今もなお、激しい火山活動を繰り広げている、活火山です。
溶岩は、地球の奥底で燃えていたマグマが、噴火の際に火口から流れ出たもの。
冷えて時間が経つほど黒くなるため、手前の茶色い部分は新しい溶岩です。溶岩が最後に行きつく先は、海。海岸線を覆っている黒いところは、すべて溶岩です。こうして少しずつ堆積し、ハワイ島の面積を広げつつあります。
ペトログリフとは、岩に刻まれた彫刻のことです。
人間や動物などが描かれており、古代ハワイアンにとっては文字の代わりとして、記録するために使われていたと考えられています。文字を持たなかったという古代ハワイ人にとってペトログリフはきっと、家族のコミュニケーションに大切な伝達手段だったのでしょう。
「私はひとつひとつのペトログリフに、親子や夫婦をつなぐ、絆を見ました。」
このヒト型は、夫婦を表しているのではないかと考えられています。お腹の点は、妊娠した女性を表しているという説があるそうです。
「ペトログリフは私にとって想像力を膨らませてくれる芸術でした。」
コハラディッチと呼ばれる、リゾート地へ。楽しみにしていた、カヌーに乗ります!
この用水路は、かつて周辺のサトウキビ畑の灌漑用に造られました。1905年、8000ヘクタールのサトウキビ畑に水を与えるためこの用水路の工事が始まりました。この工事に取り組んだのはおよそ600人の日本人でした。この地域は山が多いので、トンネルをいくつも掘る必要がありました。しかも、堅い溶岩を手作業で掘ったそうです。50メートルをたった一日で。畑の水に苦しんだ日本人の、必死の思いがうかがい知れます。こうした苦労の末、全長23キロに及ぶこの用水路は1年半をかけてようやく完成しました。サトウキビに命の水を与えた、水路です。
ハワイ島で一番観光客が訪れるコナの街へ立ち寄ることにしました。コナ・コーヒーでも有名です。ハワイ島の西にある、穏やかな海沿いの観光地、コナ。
このコナ地区で栽培されているコーヒーがコナ・コーヒー。キリマンジャロ、ブルーマウンテンと並び、世界三大コーヒーのひとつと呼ばれています。コーヒーの農園を見せてもらいました。およそ百年前に、コナ・コーヒーの栽培に力を尽くした、日本人の家族がいました。しかし、当時はサトウキビ産業が全盛の頃。多くの農民は儲かるサトウキビを作ろうとコナを離れてゆきました。そんな中、辛抱強く残った日系人が作ったコナ・コーヒーが全体の8割を占め、コナ・コーヒーを守ったのです。今や、ハワイの名産となった、コナ・コーヒー。はるか海を渡ってやってきた、日本人の夢の結晶です。コナ・コーヒー。その赤い実にふと、日の丸が重なりました。
いよいよ、私がどうしても行きたかった、大自然のワイメアへ。
マウナケア山のふもとに広がる、ワイメア。標高4205メートルから吹き降ろす風によって涼しいのが特徴です。そのなかに敷地を持つ、パーカー牧場。東京23区の、1.5倍という面積です。大規模な牧場が多いアメリカでも第3位を誇る広さ。ここで3万頭の家畜が飼育されています。ハワイ島の、10分の1を占めるというパーカー牧場。
「この雄大な土地で、馬のマンデーと一緒に走れたこと。私の一生の、宝物です。」
ハワイ島の北に広がる、ワイピオ渓谷。別名「王の谷」と呼ばれる秘境です。豊かな水に育まれた渓谷は、古代から、神秘的な力が宿っているとされ、人々に崇められてきました。渓谷の中には、この場所を敬う人々が暮らしています。
古来からハワイの人が育ててきた、タロイモ。里芋の仲間で、主食として食べられてきました。ここでは、昔ながらの方法で栽培されています。
ジェイソンさんのお宅に招かれました。子供たちもおじいちゃんおばあちゃんの手料理が大好きです。生きる良い方法。その一つがジェイソンさんの家族のように、自然と共に暮らすことかもしれないと思いました。
ハワイの旅は、今日が最後。この海とも、お別れです。私にとってハワイは、まっさらな自分にさせてくれる場所。研ぎ澄まされた五感で、いのちの大切さを体いっぱい感じることが出来た、旅でした。