水紀行ラインナップ
©BS日テレ©BS日テレ©BS日テレ©BS日テレヘミングウェイが愛した楽園 マイアミからキーウエストへ

2012年7月11日 放送

アメリカ東海岸、フロリダ半島突端の町「マイアミ」。
南北に16キロも続くビーチ。世界有数のリゾート地として1年間に310万人もの観光客が訪れています。日本の沖縄とほぼ同じ緯度に位置する亜熱帯地域で、冬でも最高気温は25度に達します。

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マイアミのランドマーク「フリーダムタワー」。元々は1925年に建てられた地元新聞社の社屋でしたが、1960代から70年代にかけてカストロ政権から逃れてきた50万を越える難民がマイアミに殺到した時、この建物が入国審査場として使われたことで有名になりました。アメリカにやってきた移民たちが「自由」の象徴と考えたことから「フリーダムタワー」と呼ばれるようになりました。

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アメリカからやってきた移民やその子供たちが暮らすリトルハバナ。マイアミ市の人口およそ40万人。その半分以上がキューバや中南米からの移民です。町では英語よりもスペイン語が多く聞かれ、「中南米・カリブ諸国の首都」と呼ばれています。キューバ人街にある「マキシモ・ゴメス公園」。市民からは「ドミノ広場」と呼ばれ一日中、地元っ子がドミノゲームを楽しんでいます。

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マイアミの港は、世界中の大型クルーズ船が出入りしています。マイアミ湾内を一周する湾内観光のクルーズ船のツアー。超高級コンドミニアムの島「フィッシャー・アイランド」やハリウッドのスターや世界の億万長者が別荘を構える「スターアイランド」を見ることができます。

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港の人気シーフードレストラン「ラーゴカフェ」。店の名物は、マイアミ名産のストーンクラブ。大きくて硬いツメをもつカニで、そのツメの部分だけを調理します。ストーンクラブが食べられるのは10月中旬から5月中旬までの間だけ。その時期には、ストーンクラブ目当てに多くの観光客がマイアミを訪れます。

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運河の町「フォート・ローダーデール」。市内を網の目のように走る運河は、総延長500キロにも達します。運河沿いには自家用クルーザーが停泊する豪邸が立ち並んでいます。これらは殆どがセレブの冬の別荘だそうです。この独特の景観から「アメリカのベニス」とも呼ばれる、この町には年間1000万人以上の観光客が訪れています。
この町で考案された最新アクティビティー「ジェットレブ」が話題になっています。水圧を利用して宙に浮き、上級者になると高さ10メートルぐらいまで上昇することができます。

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フロリダ半島の南端にある、湿地帯が広がる「エバーグレーズ国立公園」。総面積およそ6100平方キロメートル。その豊かな水量から「草原の川」と呼ばれるこの土地は、氷河期後の海面の上昇で生まれたと言われています。学術的に見て貴重な生態系が保たれていることなどから1993年ユネスコの世界遺産に登録されました。エバーグレーズでは、ボートで広大な湿地帯をめぐるツアーが観光客に人気です。湿地帯の水深は15センチほどしかありません。スクリューではなく巨大なプロペラを背負った船で、水面を滑るように進みます。フロリダ半島の雄大な自然が残るエバーグレーズ。しかし、2010年近代化に伴う水質の悪化によって、存続が危ぶまれる危機遺産リストに加えられました。

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国道1号線で最長の橋「セブンマイル・ブリッジ」です。珊瑚礁の海にかかる橋はその名の通り全長が7マイルおよそ11キロあります。
この橋の先に、アメリカ本土最南端の町キーウエストがあります。北米大陸屈指のリゾート地で、年間300万人の観光客が訪れており、その環境の良さから「アメリカの楽園」と呼ばれています。キーウエストの名物で大人気の店、キーライムパイの専門店です。この店のキーライムパイは、アメリカで一番美味しいと言われています。地元では母親から娘へ代々伝えられるお菓子で、その家ごとに微妙にレシピが違うそうです。

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1931年からの9年間この島で暮らした文豪、アーネスト・ヘミングウェイ。キーウエストでの9年間は、ヘミングウェイの作家人生で最も多作な時期だったと言われています。彼がすごした家は、内装まで当時のまま保存され公開されています。
当時、ヘミングウェイが毎晩のように通っていたという「スラッピー・ジョーズ・バー」。酒豪としても知られるヘミングウェイは、ここで島の飲み仲間たちと大好きな釣りなどについて語り合ったといいます。彼が決まってこの店で注文したお酒、「パパ・ドブレ」。ヘミングウェイは、普通の2倍の量を大きいグラスに注ぐ「ダブルサイズ」をいつも頼んでいました。そして1961年、61歳でこの世を去りました。ヘミングウェイは、「アメリカで最も愛された作家」と言われています。

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年間310万人の人が訪れる常夏の楽園。その魅力は、海と自然と温暖な気候と美味しい食事そして陽気な人々…。この楽園で過ごしたヘミングウェイはこんな言葉を残しています。「わが人生は、ほんの一行で要約できるだろう。そう、私は生きることを十分に楽しんだ、と。」

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