水紀行ラインナップ
©BS日テレ©BS日テレ©BS日テレ©BS日テレアメリカの歴史が息づく港町 ボストン

2012年6月27日 放送

アメリカ東海岸。マサチューセッツ州の州都「ボストン」。
町の歴史は17世紀初頭にさかのぼります。イギリスからこの地にたどり着いた移民たちが作った、小さな集落から始まりました。町の人口は、およそ60万人。年間1600万人もの観光客が訪れています。

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チャールズ川に架かる「ロング・フェロー橋」は最も古く、1900年に建設されました。
橋の袂に並んで立つ塔の形が塩入れと胡椒入れに似ているため、「ソルト・アンド・ペッパー橋」の愛称で親しまれています。橋には歩道と車道と鉄道が並行して走っています。ボストンでは、歩いて通勤や通学をする市民の割合が非常に多く、「ウォーキング・シティ」とも呼ばれています。

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町の高台に位置する「ビーコンヒル」。18世紀のイギリスで流行したジョージアン様式の建物が並ぶ高級住宅地です。
一角に、自伝的な小説「若草物語」の作者として知られる、ルイザ・メイ・オルコットの家が残っています。ボストンをこよなく愛したオルコットはその生涯のほとんどをボストンで過ごしました。

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ボストンで最も古い教会「オールドノース教会」は独立戦争前の1723年に建設されました。白一色で統一された教会内は光が差し込み、、箱型の座席も教会が建てられた時のまま残されています。
1775年4月18日の深夜、イギリス軍がボストンの北西コンコードにあった独立軍の武器庫を襲撃しました。この事を知らせる明りが掲げられ、明りを見つけたのが、後に「建国の英雄」といわれるポール・リビアでした。彼はすぐに馬を走らせ、襲撃を知らせました。この素早い伝令でアメリカは独立戦争の緒戦に勝利しました。

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1635年にアメリカで最初の公立学校ができて以来、ボストンは屈指の学園都市として知られています。学生文化がそのまま町の文化を作ってきたと言われています。
チャールズ川ではボストンにある幾つもの大学のボート部が練習に勤しんでいます。
ボストン大学のボート部は、70年以上の歴史を持つ名門倶楽部です。
去年の大会では全米で8位でした。今回はベスト3が大きな目標です。ボストン大学はチャールズ川のすぐ近くにあります。この川とともに充実した4年間を過ごした学生たちにとってチャールズ川は特別な存在であると言います。

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新鮮なロブスターを提供する最も有名なレストランが、「ユニオン・オイスター・ハウス」。店の創業は1826年。アメリカで最も古いレストランとして、国の保存対象になっています。
看板メニューの「ロブスタースキャンピ」。スキャンピはガーリックバターとトマトのソースをかけた、アメリカの伝統料理です。ボストンを含む東海岸一帯は、魚介類とともに乳製品の名産地としても知られています。

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ボストン市内から南東へおよそ60キロ。「プリマス」の町は、「アメリカの故郷」と呼ばれています。
町の高台にある「プリマスプランテーション」は、開拓時代のプリマス、当時の移民の生活をそのままのスタイルで再現した野外博物館です。
イギリスから渡ってきたピューリタンたちがプリマスを定住地としたのは、近郊に豊かな湧き水があったためだったそうです。当時、ピューリタンたちは、先住民族の人たちと友好関係を結び、野生の七面鳥や魚などの食料と物資の援助を受け生活の基盤を築いたといいます。アメリカで感謝祭の日に七面鳥を食べる習慣は、プリマスの入植者が、七面鳥を食べて豊作を祝ったのが始まりだそうです。

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ボストンから南へ100キロ。大西洋に突き出した腕の形の半島「ケープコッド」。温暖な海洋性気候で緑が多く、アメリカ有数の避暑地とされています。
古くから豊かな漁場とされてきました。中でも先住民の時代から食べられている名産品があります。「牡蠣」です。
ジョン・ローウェルさんは奥さんとともに牡蠣の養殖業を営んでいます。遠浅の海岸線にカゴを固定して牡蠣を入れておきます。潮が満ちるとミネラル分豊かな海水が、牡蠣を育ててくれます。
地元の人は、市場や鮮魚店でなく直接養殖場に牡蠣を買いに来ます。ケープコッドのカキはその品質の良さで世界中に知られています。

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ケープコッドは、古くからガラス製品の名産地としても知られています。
質の高いガラスは、ケープコッドの水が長い年月をかけて磨いた純粋な砂を原料として作られています。
この工房が設立されたのは1837年。アメリカで最も古いガラス工房です。清らかな水が生んだ透明な工芸品。ケープコッドの海や湧き水のような瑞々しい輝きを持っています。

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イギリスから新天地を目指しこの地にやってきたピューリタンたち。
彼らは水と緑にあふれたこの土地を自分たちのふるさとに見立てニューイングランドと名付けました。
自由を求めて未開の土地にたどり着いた彼らはこの地から出発し、その後「アメリカ」という巨大な国をつくりあげたのです。

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