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©BS日テレ©BS日テレまだ見ぬヨーロッパ 祈りの聖地と湖の国 リトアニア

2014年12月24日 初回放送

ヨーロッパの北部、バルト海の東に位置するリトアニア共和国。
面積65,000平方キロ、北海道の80パーセント程の国土におよそ300万人が暮らしています。

南東部の内陸に位置する首都ヴィリニュス。
さまざまな様式の建物が建ち並ぶヴィリニュスの旧市街は、1994年に世界遺産に登録されています。

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市内の一角に歴史ある教会が立っています。
17世紀の後期に建てられた聖ペテロ・パウロ教会です。

教会内部は純白の漆喰彫刻に覆われています。
その数は全部で2000以上ともいわれ、内装の装飾だけで30年かかったといいます。

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国土の大部分を、低い丘陵地と低地が占めるリトアニアには4,000もの湖が点在します。
たくさんの人が湖を訪れますが特にルアーフィッシングをする釣り人たちの姿が目立ちます。彼らにとって湖は遊びの場でもあり、憩いの場でもあります。

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ヴィリニュスから西へおよそ30キロ。
トラカイは14世紀までリトアニアの首都だった街です。
この辺りでは熱気球での遊覧飛行が観光の目玉になっています。

リトアニアの国土は全体的に平坦で、最も高い場所でも300メートル弱しかありません。
空中散歩の最大の見せ場は、トラカイ周辺に広がる湖の上の飛行です。
なかでも赤い屋根が美しいトラカイ城は、この国の歴史に深く関わります。

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中世以前、土着の多神教を信仰していたこの国に13世紀、キリスト教布教を目指したドイツの騎士団が侵攻してきました。トラカイ城は、その攻撃から国を守るために14世紀に要塞として建てられたのです。
1410年、リトアニアはポーランドと連合軍を組んで、ドイツ騎士団を破りました。
この勝利により、リトアニアとポーランドは周辺国に力を示し、大国としての地位を築いたのです。リトアニア軍は、この「トラカイ城」から戦場に向かいました。
城はリトアニアの戦乱とその後の繁栄の歴史を現代に伝えています。

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トラカイから西へおよそ80キロ。
かつて首都だったこともある街、カウナスがあります。
かつて日本領事館だった場所に、杉原千畝記念館があります。
杉原千畝は、日本のシンドラーと言われる人物です。

1940年7月18日。
ナチスの迫害から逃げてきたユダヤ人がここに押し寄せました。
国を失い難民となっていた彼らは、国外へ逃れるために日本のビザを求めたのです。
外交官だった杉原千畝は、自身の命も危ぶまれる中、ビザを発給してユダヤ人を中心とした多くの難民の命を救ったのです。
杉原が発給したビザは2,000枚以上。
6,000人の命を救ったとも言われています。
70年前の杉原の行動はリトアニアの人々に大きな影響を与え、今も多くの人々の尊敬を集めています。

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カウナスから北へおよそ150キロ。
シャウレイという街の近郊に、十字架の丘と呼ばれる場所があります。
リトアニアは十字架に対する信仰が深いことから、「十字架の国」とも呼ばれています。
その特徴的な十字架づくりは、世界無形文化遺産にも認められています。

カトリックの巡礼地である十字架の丘。
ただの平原だったこの場所に最初の十字架が立てられたのは1831年だそうです。
当時のリトアニアを支配していたロシアに反抗して処刑された人々を偲んで立てられたのが始まりでした。やがてこの丘は、抑圧された人たちの聖地となり、旧ソ連に統治された時代には十字架が何度もなぎ倒されたと言います。

そんな弾圧の中でも人々は新しい十字架を立て続けました。
十字架の数は、およそ10万本。
ここには、リトアニアの人々の内面にある信仰心や国への思い、他の国々に翻弄されてきた歴史の記憶や先人への敬意など、さまざまな思いが集まっているのです。

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