放送内容
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2020年3月15日
水泳・知的障がいクラス 山口尚秀。
187センチ、足のサイズ30センチという海外選手に引けを取らない恵まれた体格をいかし、去年の世界選手権では、世界新記録で金メダル。
東京での活躍が期待される、パラ水泳界のニュースター。
そんな彼には、誰にも負けない武器がある。
「推進力を生み出すフォーム」
水泳の中で、最も抵抗を受けやすい「平泳ぎ」。
それでも減速せずに泳ぐのが、彼の真骨頂。
世界のトップを走る、圧倒的なスピード。
そこには、メダリストも舌を巻く驚きの理由が…
見えない障がいと言われる知的障がい。
さらなる高みを目指す、若き金メダル候補を追った。
愛媛県・今治市。
山口選手の活動拠点。
施設の入り口には世界選手権での活躍を祝った垂れ幕が。普段は、健常者と一緒にトレーニングを行っており、地元の中高生が中心となった20人ほどの水泳チームに所属。ここで週6日、水泳トレーニングに励んでいる。
指導する柿崎コーチに、山口選手について聞いてみると…
柿崎「もう真面目だと思いますよ、健常者よりも、うちで練習している子よりも数段真面目だと思います」
今や世界トップのパラスイマーへと成長したが、水泳を始めたのは意外なきっかけだった。
2000年。
造船の街として知られる、愛媛県・今治市に生まれた山口選手。
障がいが分かったのは3歳の頃。知的障がいを伴う自閉症と診断された。
その特徴は、人とコミュニケーションをとることが難しく、興味や行動が偏ることがあるというもの。そこで小学4年生の頃、人との関りを作るために始めたのが水泳だった。
すると、山口選手にある変化が…
2016年に本格的に競技を始めると、メキメキ成長し、去年2月には国際大会デビュー。そして9月、イギリスで行われた世界選手権では100メートル平泳ぎで真価を発揮。
予選で自己ベストを更新すると。決勝では、1分4秒台を出し世界新で金メダル。
山口「記録を狙っていましたもちろん。1分4秒は出したいという気持ちはとても強かったです。」
パラリンピックの水泳には、障がいの種類によって3つのクラスがある。
肢体不自由・視覚障がい・知的障がいのクラスの中、山口選手が戦うのは身体的な障がいのない選手が集まる知的障がいクラス。
指導する上での苦労を、柿崎コーチが語ってくれた。
柿崎「練習についていくのがしんどく、苦しくて途中で本数が多くなったりとか、ちょっとしんどい練習になったら、途中でトイレに逃げたりとかもあったので」
気が散りやすく、集中力が持続しにくいため、時には練習を中断してしまうことも…。さらに、コミュニケーションの面でも…
柿崎「他の子に一回でいいところをちょっとわかっているかわかっていない部分も多いので、人よりも多く説明したりするっていうのもあるんですけど」
意図がしっかりと伝わったか、確認を怠らない。
相手の意図を汲み取るのが苦手なのも、自閉症の特徴。
周囲のサポートを受け、着実に成長を遂げてきた山口選手。
最大の特徴は、速いテンポの泳ぎ。
ひとかきごとに前進する「推進力を生み出すフォーム」。一体どのようにして生まれたのか?
山口選手は平泳ぎのとき、どんなところを意識しているのか?
山口「平泳ぎというのは4泳法の中でもっとも水の抵抗を受けやすい泳ぎになるので、そういった平泳ぎをいかに抵抗が少なく、強い泳ぎをしていくことがベストなので、そういった事を意識して練習しています」
平泳ぎは呼吸をする際、カラダを水面から出す。
この瞬間、カラダと水の間に大きな抵抗が生まれ、スピードが減速する。
他の泳法では、体を水面から大きく出す姿勢になることがないため、平泳ぎは最も“水の抵抗を受けやすい泳ぎ方”。
では山口選手は、どのようにして水の抵抗を減らして泳いでいるのか?
話をうかがったのは…ロンドンオリンピック銅メダリスト、立石諒さん。平泳ぎのメダリストが見た山口選手の“抵抗を減らす泳ぎ方”とは?
立石「呼吸して、前にストロークをして、前に飛び出す瞬間にキックで体を押し込むと波にのることができるんですね、水の。体が沈むタイミングでしっかりキックで身体を前に乗せていく、これが抜群にうまいですね。」
山口選手の泳ぎはスピードが落ちる瞬間にキックを繰り出して水の抵抗を打ち消し、前へと進む推進力を生み出している。
つまり、抵抗からキックまでの間隔を短くすることで、減速を最小限に抑えていた。
これが「推進力を生み出すフォーム」のポイント。
さらに立石さんは、山口選手のスピードを裏付けるもうひとつのポイントに注目した。
立石「テンポ速いっすね!でもしっかり進んでいるから、パワーもあるし、そんなテンポが速くて力強いんですけど。プル(腕)もうまくかけているし、無駄なく推進力が生まれるんですね。前に進む力が力強く泳げているんだけど抵抗が少ない」
テンポが速くても減速しない理由は、“腕をかく強さ”にあった。
さらに山口選手の泳ぎは、ある世界的スイマーと重なるようで…。
立石「ヨーロッパのアダム・ピーティーっぽい泳ぎですね。パワーでしっかり泳ぎ切るという形」
アダム・ピーティーといえばリオで圧倒的な強さで金メダル。今も世界記録を保持している平泳ぎの世界最強スイマー。
「推進力を生み出すフォーム」の、もう1つのポイント。
それは、身長187センチの恵まれた体格から繰り出される、“テンポの速いパワフルな泳ぎ”にあった。
テンポを上げた力強い泳ぎ。
しかしこの泳ぎにはあるリスクが。
立石「テンポを上げると抵抗も増えるので、疲れやすくなったりとか無駄な力が入ったりして、うまく泳げないことが多いんですけど」
それを克服するため山口選手が行っているのが週に2回ほど行っているウェートトレーニング。
山口「平泳ぎの際には上腕三頭筋を結構使うので、そういったところを強化していかないと、平泳ぎで自己ベストを達成するのは難しいんじゃないかと思います」
今年1月。千葉県国際総合水泳場。
パラリンピックイヤー初のレースに挑む山口選手。
しかし…この日出場するのは100m平泳ぎではなく、なぜか東京パラリンピックの種目にない50m。
その理由を、指導する柿崎コーチは。
柿崎「以前世界記録をもっていたスコット選手。後半だけスコット選手のほうが強いんです。前半の貯金がある分、その分逃げ切れたって感じですけど」
金メダルを獲得した世界選手権・決勝のタイムを見ると、前半はスコット選手に1秒以上差をつけていますが、後半のラップは1秒近く後退。
東京でライバルに打ち勝つには、長所である“前半の50m”を強化するのが金メダルへの近道。
目標タイムは29秒台。
そんな山口選手の泳ぎをひと目みようとプールサイドから立石さんも観戦。
結果は29秒84。
自らの記録を1秒以上更新。
パラリンピックへ向け、幸先の良いスタートを切った山口選手。
レース後、立石さんが突撃取材。
立石「お疲れ様でした。どうでしたか?今日は?」
山口「29秒出すことができたので、自分としては目標達成できたっていうことで喜びを感じております。自分はまだまだ速くなれるような気持ちが非常に強くて、自分が最高のパフォーマンスを出すために今後においての平泳ぎの練習、もう一度見直していきながら、東京2020をやっていけたらと思います。」
開幕まで半年を切った東京パラリンピック、夢の舞台で目指すは…
山口「自分が保持している世界記録を更新して金メダルをとる。このままのペースで行ったら1分3秒台で、早ければ1分2秒か1秒台は出せれる自信はあります」