放送内容
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2019年12月15日
ボート、市川 友美。
上半身のチカラだけで2千メートルを突き進む、パラ日本ボート界の最速女王。
去年、行なわれた世界大会で才能が一気に開花。これまでの日本記録を2分近くも更新した。国内トップを走り続ける彼女には誰にも負けない武器がある。
「トップスピードを維持するバランス力」
おなじタイミングで繰り出される、左右のオール。この狂いのないオールさばきが彼女のストロングポイント。
障がいで、体幹が全く効かなかった市川が、わずか3年で磨き上げてきた進化。
ボートに人生を懸けた彼女の戦いを追った。
神奈川県・相模湖。
関東における、ボート競技の拠点でもあるこの場所。
脊髄損傷で下半身が動かない市川選手、ベルトでしっかりと固定。水面を滑るように走りはじめた。
東京パラリンピック、注目競技のひとつであるボートは2008年の北京大会から正式種目になった。肢体不自由や視覚障害を持つ選手が出場。
ボートの種目はボートの種類別に1人乗り、2人乗り、そして男女混合の4人乗りの3種目。その中で市川選手は、最も障がいが重い「PR1クラス」。女子シングルスカルという種目で競技をする。
距離は健常者と同じ2千メートルの直線。ボートの先端がフィニッシュラインを通過したらゴールとなる。
市川選手のPR1クラスは障がいで下半身が動かない選手が出場。つまり上半身だけの力で、2千メートルを漕がなければならない。
ここで上田のQ。
このコーナーは上田晋也が抱いた、ふとした疑問を解明。
今回はコチラ。
オリンピックのボートとパラのボートは何か違いがあるのか?
市川「こっちが健常者が使うボートで、こっちが私が使っているボートなんですけど。船体の太さが全然違います。健常者のボートが細くてパラ用の方は幅が広くなってます。椅子なんですけれど、健常者の方は座席がスライドさせて足の力メインで漕ぐようになっているんですけど私が乗っている方は足が使えないので椅子は固定式でさらに背もたれもあって、体幹を固定した状態で上半身の力で漕ぐようになっています。さらに違うのは浮きのありなし。私が乗っているパラ用のボートには転覆防止のための浮きが必須になっています。」
おととし、初出場ながら国際大会でみごと優勝。一躍、注目を浴びた。
さらに、去年イタリアで行われた国際大会では、日本記録を2分近くも更新するという快挙も。その速さは…1分間で150M。
市川「この白い所はブレードっていうんですけどブレードが水の中にちょうど1枚入って、スーっといくのが理想です。最初の頃にタオルを渡されてタオルだけで引くと普通にブレード1枚で引けるんですよ。無駄な力がなければブレード1枚で引けるんですけど。」
市川選手の漕ぎ方をみてみると、ちょうどブレード一枚分が水面ギリギリに入っている。
この日は1時間以上漕ぎ続け、総距離は合計20キロ。
過酷な練習を自らに課すのにはある理由があった。
20代の頃、夏はサーフィン、冬はスノーボードと、スポーツに夢中だった。
しかし33歳の時、オーストラリアで思いもよらぬ事故に遭う。
スキー場で働きながら、スノーボードを楽しんでいた、ある日のこと。
市川「思ったよりスピード出ちゃってああもうヤバい飛び過ぎたというのは分かって早く着地したくて、足を伸ばしちゃったんですよね。それでドンってなって!あっと思った瞬間足が痺れて、倒れた時には足が動かなかったので」
いつまでも動かない下半身に、気持ちがすさみます。
市川「もっと大変な人っていっぱいいると思うんですけど自分って自分1人しかいないので、なんで私だけこんな大変なんだろうって思っちゃったり障がい者スポーツなんて、金持ちの道楽かなって思ってて人に迷惑かけてまでスポーツやるなんてどうなの?ぐらいに思ってました正直。」
そんなとき、“ある人”との出会いで沈んでいた気持ちに変化が。
市川「職業訓練校に行ったんですね。生活していかなきゃいけないので、そこで私より障害が重い男の子がいたんですけどその子がすごく前向きになんでもやっていて車いすラグビーやってサーフィンとかもやっていて握力がないぐらいの子なんですけれど、それでもやっぱりちょっとずつできることが増えていったのが嬉しくて、今なにやっても楽しいって言っていて、それ聞いて私腐っている場合じゃないなって思って」
もう一度、大好きなスポーツがしたい…。
36歳の時に出会ったのがボートだった。
市川「水の上にいけたのが嬉しくてしょうがなくて、水だ!みたいな。後、練習のあとのビール美味しいよって言われて、美味しいなら!」
すると…未経験ながら、めきめきと腕を上げ、わずか2年で日本記録を更新するほどの選手に。その速さを支えているのが練習中、常に心がけている「あること」
市川「浮きがついたときの波紋があるとヤベって思います。(浮きは)ずっとつかないのが理想です。」
パラのボートにしかない「浮き」。
水面に着くと、どうなってしまうのか?
市川「スピードが落ちるのでせっかく出たスピードにまた戻すのに1本失敗して、1本で元のスピードに戻るとは思わないのですごくロスになると思います。」
わずかなミスで、水についてしまう浮き。安定して漕ぎ続ける、その秘密とは…。
市川「左右が同じってところが大事です」
市川選手のストロングポイント、「トップスピードを維持するバランス力」。
市川「本当に全く同じタイミングで(水に)入って全く同じタイミングで同じ力で引いて抜くっていうのが理想です。」
そのストロングポイントを磨くべく、日々欠かさないのが…鏡を見ながらのストレッチ。
常に左右のバランスをチェックしている。
実は、左右のバランスを保つことは2千メートルという長い距離を漕ぐうえで、とても重要なこと。
無駄なくまっすぐ漕ぐことは体力の温存にもつながる。
市川選手が1レースを漕ぐために必要なストロークの回数は、なんと500回。
少しでも体力を温存するため、市川選手が磨いてきたのが水面からオールを上げる時のこの動き。
水をかくときは垂直にしたままのブレード。
これを水面に上げる瞬間、垂直だったブレードが…水平に。
これは「フェザーリング」と呼ばれるもの。
オールを戻す時に少し指を返すことで、ブレードを水平にしている。
空気抵抗を減らすことが、500回ものストロークですり減っていく体力を温存することにつながる。
いまや国内では敵無しの市川選手だが、今年、世界との差を痛感する出来事が…。
8月。東京パラリンピックの選考を兼ねた大会でまさかの惨敗。
東京へ、残された条件はただひとつ。
国内選考で代表を勝ち取り、来年行われる2つの大会のいずれかで優勝するしかない。
さらなる進化へ、市川選手がいま取り組んでいるのが体幹トレーニング。
実は市川選手、競技をはじめた3年前。障がいの影響で、全く体幹が使えなかった。
市川「背もたれにもたれないと座っていられなかったのでそこを考えると全然違う」
夢舞台への切符を手にするため、自らを徹底的に追い込む。
そして、その先に見据えるのは…
市川「メダル欲しいですよね。やるべきことがすごく明確に見えてきたので、あとは(階段を)登っていくだけかなと思います。」