放送内容
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2020年3月29日
陸上短距離・井谷俊介、25歳。
競技を始めてわずか11か月でアジア王者に輝くと、去年は世界選手権で決勝に進出。
今、最も勢いのあるスプリンター。
彼には、誰にも負けない武器がある。
「急成長を続ける加速力」
パラ陸上界に彗星の如く現れ、自己ベストを更新し続ける25歳。躍進の陰には、オリンピアンも指導する敏腕トレーナーの存在が…
目指す舞台は、東京パラリンピック。
アジア勢初の10秒台、そして、悲願の表彰台へ。
底知れぬ、義足のスプリンターに迫る。
三重県出身の井谷選手は母親と、お兄さんの三人家族。
車が大好きで、幼い頃の夢はカーレーサー。母親に、よく鈴鹿サーキットへ連れて行ってもらっていたそう。
高校生時代は甲子園出場を目指して、野球に明け暮れる日々を送っていた。しかし、大学2年の冬。バイクで事故に遭い、右足の膝から下を失った。
井谷「母がとてつもなく落ち込んでいたんですよね。僕がバイクを買うって言ったときにすごく反対したんですよね。僕はその反対を押し切って、母の忠告は何も聞かなかった。結局事故にあって、こういうふうになってる」
母を二度と悲しませたくない。
その思いが、井谷選手が前向きになる原動力になったという。
井谷「母親が自己嫌悪していたというのを聞いた。そこで、自分の中で決意したのは、自分が頑張るしかない、自分が頑張ることで皆の笑顔を取り戻そうと。」
一般的には歩くまでに半年、スポーツが出来るまでに1年と言われる中、切断からわずか2か月後に試しにつけた、借り物の義足で走ることに成功。
そして3年前、本格的に陸上を開始。
そこで出会ったのが、仲田健トレーナー。
オリンピアンの山縣亮太選手や福島千里選手を指導するトレーナーに井谷選手はどう見えたのか?
仲田「走り方自体の義足を使いこなす感覚とか、走りのフォーム自身も全然ばらばらだったので、それをちょっとアドバイスして、1秒くらいポンッと速くなりました。」
井谷「それまではただ走って走ってという練習だったので、考え方だったりスポーツの基礎という部分を最初に教えてもらえた。それが大きかった。」
仲田トレーナーの指導を受けた井谷選手は、すぐに頭角を現す。
初めて出場した北京グランプリでいきなり優勝。
続いて出場した関東パラでは競り勝って優勝。
その3か月後にはアジア新記録を樹立し優勝。
競技開始から、9か月でアジアの頂点に上り詰めた。
そんな井谷選手のストロングポイントが“急成長を続ける加速力”。
それを生かす上で大切なのがスタート。
井谷「一歩目二歩目のスムーズさというのは山縣選手はお手本のようなスタートなので、すごく参考にしている。」
100mのタイムは10秒00。
4年前のリオオリンピックではチームを銀メダルに導いた、日本屈指のスプリンター。井谷選手は山縣選手と練習を共にすることもある間柄。
井谷選手のストロングポイントについて、山縣選手がオリンピアン目線で解説。
山縣「井谷選手は一次加速と二次加速のつなぎの部分が すごくスムーズで、そこで井谷選手が抜けていく加速の部分が魅力。100mはスタートからゴールまで常に全力ではなく、60mぐらいまでが加速区間。スタートから30mまでが一次加速。30m〜60mまでが二次加速。」
この2つの加速区間をつなぐ箇所は通常、スピードが少し落ちてしまう。
しかし、井谷選手の場合は。
山縣「体の使い方が一つの重要なポイント。より大きな力を地面に伝えていく必要がある。手や足がガチガチの状態でやっても、実は、あまり地面に対して力は大きく伝わっていなくて、反力も返ってこない。足の力が抜けるべきところは抜けていて、力を発揮するべきポイントで、ダンダンダンと(力を)出す抜く出す抜くところの 体の使い方が非常に上手。」
実はその体の使い方、井谷選手が普段の練習でも特に意識していること。
井谷「全力で行くよりはフォームを意識しながら、なおかつ脱力している。100%で力んで一生懸命やるのではないというイメージですね。力を抜いている、リラックスしている状況で、100%と同じ状況で走る。野球でもそうです。ボールを持って思い切り投げるのではなく、しならせて投げるから遠くに飛ぶ。それと一緒です。だから力みのないフォームを意識して、走るようにしている。」
井谷選手のストロングポイント“進化し続ける加速力”は、高校野球の経験で培われた、力みのないフォームから生み出されていた。
そのストロングポイントが発揮されたのが、去年8月にパリで行われた国際大会。
100mの予選、自慢の加速力を見せつけ、11秒47をマーク。
去年5月に出した自身の持つアジア記録を0秒08更新した。
迎えた決勝。
予選よりタイムを落とすも国際大会で3位。
井谷「決勝になると後半70mぐらいから 足が流れているように見える。まだまだフォームの安定性がなくて、100回走って100回同じフォームではできない。まだまだそれが自分の未熟さかもしれない。」
東京でのメダル獲得に向け課題が見えたと言う。
10秒の壁を越えるため、今の井谷選手に必要なのはフィジカルの強化。
指導するのはオリンピアンも手掛ける仲田健トレーナー。本格的に陸上を始めて以来の師弟関係。
井谷「太ももの左右差だったり、お尻まわりのバランスだったり、そこを無意識に使うのではなくて、両方同じようにまっすぐ向くように、使い方を意識して、ただ動かすよりも バランスを考えて動かすように意識しています」
仲田「すごく失礼な言い方をすると、ちゃんと覚えているんだなと思って。えらいえらい」
井谷「ちゃんと意識しています」
仲田「ただ切断していない部分も 筋力が足りているかというと求めているレベルではないので、左右差をなくすことも大事だけど、全体的なレベルを上げることもすごく大事なので、両方鍛えています。切断していない方が100%だとしたら、切断している方、義足側が8割はいっていないぐらい。だからまだまだ改善の要素もあるので、伸びる要素もあると思っている。」
井谷選手が尊敬してやまない仲田トレーナーの指導もあって、初出場した去年の世界選手権では100mと200mで決勝進出。
決勝では8位に終わったが、確かな手ごたえを感じていた。
井谷「すごく楽しいレースだったし、勉強になるレースだった。全てを出し切った中での決勝8位という結果だったので、それは受け止めている。海外との差がすごく見えたレースだったので、悔しい思いも十分あるけど、それよりも、もっと何を鍛えて何をやればいいのか、もっと練習に対して、競技に対して燃える思いがある。」
肌で感じた世界との差を埋めるため、新たな技術の習得にも取り組み始めた。
それはクラウチングスタート。
これまでのスタートは浮かした左腕をスタートと同時に振り、推進力にする3点スタート。クラウチングスタートは腕を振らない分、スターティングブロックを蹴ることで、より大きな推進力が得られるスタート
さらに去年から、義足の使い方の改善にも取り組んでいる。
井谷「走っている時にこう義足をつくけど、つく前の動きで、日本の選手もそうだけど、足がこう上がる。それで地面につく。それを、このまままっすぐ使いたい。ヨーイドンで振り上げてきてつくのではなくて、ヨーイドンでそのまままっすぐつきたい。それがなかなか難しいですね。」
新しいスタートで、東京の表彰台は見えたのか?
井谷「まだどうですかね、現状、世界選手権のレースを見てもまだまだ遠い。海外勢の背中は。焦らず目先の目標を 1つずつやっていくだけです。」