おぎやはぎの愛車遍歴|『ミスターパーフェクト・槙原寛己が登場!スター選手が金色の車を購入⁉あの先輩選手の仰天愛車事情が明らかに!』8月8日(土)夜9時放送

愛車遍歴を辿れば、人生が見えてくる!「おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!」。
8月8日(土)よる9時からの放送は、ゲストに読売ジャイアンツの元投手・槙原寛己さんが登場!
ミスターパーフェクトの愛称で知られる槙原さんは、1982年に愛知県立大府高校からドラフト1位で読売ジャイアンツへ入団。高速のストレートや魔球フォークボールを武器に活躍し、1983年、槙原さんが20歳の時には新人王を獲得しました。
さらに30歳にしてプロ野球史上15人目となる完全試合を達!ミスターパーフェクトの称号を手にしました。およそ20年の現役生活で通算463試合登板、159勝の偉業を遂げた後、2001年に引退。現在は、解説者、タレントとしても活躍する槙原さんの華麗なる愛車遍歴を辿りながら当時のマル秘エピソードを明かしていただきました。
過去の放送回はHuluで配信中!最新の放送回はTVerで配信中!
ドラフト1位からの停学⁉ 契約金で購入した初愛車・ソアラ

槙原さんが20歳で購入した初の愛車は、トヨタが初めて手掛けた高級パーソナルカー・ソアラ。「契約金が余っていたのもあり、とにかく何かが欲しくて買った」と購入理由を明かすも、当時の槙原さんは寮生活でマイカー禁止の状態だったといいます。
「車は実家に置いていました。オフの時に1週間くらい帰省するんですけど、その時に写真を撮ったり眺めたり……それだけで嬉しかった。東京では乗っていなくて、写真を撮るために買ったみたいになっていました」と笑いながら当時を振り返りました。
運転免許は高校3年の冬休みあたりに取得したといい、「本当は、その地域では(高校生が)免許を取りに行ってはいけなかったんです。でも、プロに入ったら絶対に(取得する)チャンスがないと思って、実家のほうで隠れて教習所に通っていたらチクられまして……停学になりました」と衝撃のエピソードを吐露。「えぇー!? 停学になっちゃうの!?」とおぎやはぎが驚きを隠せずにいると、ドラフト1位からの停学には本人が一番驚いたと40年前を回顧しました。
そしてついに初愛車を運転!「デジタルパネルが懐かしい〜!」と興奮気味にスタートするも、無念の出来事が……!
スター選手たちの豪華絢爛な愛車におぎやはぎ大興奮!

初愛車・ソアラに続いて、22歳の時に槙原さんの愛車となったのはメルセデス・ベンツ 380SLC。プロ野球界きっての花形球団・読売ジャイアンツの選手たちには、ベンツの愛用者が多かったといいます。槙原さんは、定岡正二さんから購入の話をいただいたのを機に、「僕自身、1軍で投げられていたし、自分へのご褒美だった」と初めてのメルセデス・ベンツの購入経緯を明かしました。「たぶん高値で売られたと思う」と言って一同を笑わせると、話題はスター選手たちの豪華絢爛な愛車へ……。
矢作から「誰の車が一番すごかった?」と問われた槙原さんは「篠塚和典さん!」と即答。続いて「派手さでいうと……」と切り出すと、ある選手の名前を挙げ「最終的に何を思ったのか、金色の車を買いましたからね。ベンツがガルウィングになっていて、多摩川の練習場にその車が来ると“アラブが来たぞ!”って話してました」と、今だから明かせる秘密のエピソードを語ってくれました。「そういう人には見えなかったなぁ〜」と小木が語った、金色の車の持ち主・“アラブ”の正体とは!?

ほかにも、1985年、シーズン途中のケガにより一軍登録から抹消されてしまった時に購入した愛車・スバル アルシオーネが登場。入院中に気持ちが弱くなり、情緒不安定気味だった槙原さんが赤色の車を選んだまさかの理由とは!?
引退後の愛車事情や憧れの超高級車、槙原さんが一目惚れした希少車も登場!テンションマックスの一行をお楽しみに!
これまでの放送おぎやはぎの愛車遍歴|『俳優・西村和彦さんが登場!愛車への凄まじいこだわり&荷物がまったく載らないトランクとは⁉』7月18日(土)夜9時放送