「森田健作アワー 人生ケンサク窓」放送100回!“人生を生き抜くヒント”を政治、経済、芸能、スポーツ…多彩な分野のゲストから学べる番組

BS日テレで毎週土曜あさ 9:00~9:30放送の「森田健作アワー 人生ケンサク窓」。BS日テレでの放送とともに、一部放送回はHuluでも配信中。
人生において大きな岐路に立たされた時、どういったことを大切に判断し、行動してきたか。ゲストの半生を、芸能活動を経て1992年に参議院議員初当選、沖縄開発政務次官や文部政務次官を歴任、その後千葉県知事を3期務めた番組ホストの森田健作が深掘りし、「人生を生き抜くヒント」を探る番組です。
これまでのゲストは、超魔術師のMr.マリック、ヴァイオリニストの廣津留すみれ、タレントの小堺一機、犯罪心理学者の出口保行氏、元サッカー女子日本代表の澤穂希氏、俳優の船越英一郎、演出家の宮本亞門氏、元吉本興業HD会長の大﨑洋氏などといった多彩な顔ぶれ。10月24日(土)放送回で、当番組は100回目の放送を迎えます。
その記念すべき放送でお迎えするゲストは、元外交官・現評論家の宮家邦彦氏。湾岸戦争やイラク戦争、貿易摩擦に揺れた激動の国際社会で、“外交のプロフェッショナル”としてキャリアを積んできました。
宮家氏は番組99回目の放送となった10月17日(土)の放送にも出演。冒頭では森田は「菅(義偉)元総理に宮家さんの話をよく聞いていたんですよ」と話し、宮家氏の外交官としての実績について「ある意味では、国の表というより舞台裏の根回しをずっとやっている方なんです」と紹介。宮家氏の子ども時代、音楽への愛、中東での外交官業務の体験、外交官としての極意を教わった恩師とは?…といった、数々のエピソードを掘り下げていきました。

番組100回目となる10月24日(土)の放送でも、外交の最前線で自身に言い聞かせていたことや交渉術をはじめ、激動の時代を生き抜くための若者へのメッセージなど、様々な話題を宮家氏が語ります。
“外交の花形”にいるからこそ…意識していた自身への戒め
100回目の放送は、宮家氏が“外交の花形”アメリカ・ワシントンD.C.に赴任していた時期に感じた、「楽しかったんだけど怖かった」という回想からスタート。「自分が書いた記事や、自分が書いた電報をみんなが注目してくれる」一方で、大記者になったのではないかと勘違いする人がいると「あるジャーナリスト」に当時教えてもらったといいます。
そんな環境の中で宮家氏が自身を戒めていた話を明かすと、森田も、国会議員となった時に自身の父から「お前に(頭を)下げているんじゃない、お前の座っている椅子に下げてるんだよ」と言われたというエピソードを語ります。
さらに、安倍晋太郎さんが外務大臣を務めていた時に秘書官だった宮家氏が自身に言い聞かせていた心構え、森田が3期で千葉県知事を辞めると決めた理由など、“天狗になったら終わり”という心構えについて二人のトークは白熱。
多国間のやりとりで学んだ“王道の交渉術”
宮家氏は世界的な貿易の自由化とルールづくりを目的とした多国間通商交渉「ウルグアイ・ラウンド」を通してサービス貿易分野(電気通信など)のルール作りに携わり、通信分野の基礎となる協定を締結。多国間での交渉で学んだ「王道の交渉術」も明らかにし、森田も「(他の交渉の場でも)応用できますよね」と太鼓判。
安倍晋三さんの妻・安倍昭恵氏付きの連絡調整官を引き受けた際の「恩返し」の思いや、その職務を通して見たホワイトハウスでのファーストレディの様子、ある国で見た驚きの光景など、宮家氏だからこその世界を股にかけた経験が語られます。
若者たちに伝えたい 今の時代を生き抜くために必要なことは?
そして、様々な立場で政治を見ていた宮家氏が若者たちに伝えたいのは「過去80年間の、幸せで安定して予測がつきやすい平和な時代はもしかしたら終わるかもしれない」「パラダイムシフトを生き残れることが必要」ということ。その思いとは?
さらに若い世代の「我慢」への捉え方の変化についても、アメリカでの経験を踏まえて語ります。一方で、これからの人生での意外な夢を明かす一幕も。
そんな100回目の「森田健作アワー 人生ケンサク窓」は、BS日テレで10月24日(土)あさ 9:00~9:30放送。Huluでも放送後に配信いたします。